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東京地方裁判所 平成2年(特わ)1895号 判決 1991年8月22日

本籍

東京都世田谷区成城四丁目一五番

住居

同都同区用賀一丁目一三番一九号

パーク・ハイム用賀南四一三号室

無職(元銀行員)

松尾治樹

昭和二五年八月一七日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官立澤正人、西村逸夫、弁護人鈴木祐一、水野晃各出席のうち審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年六月及び罰金八五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金四〇万円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する。)被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、三井信託銀行株式会社に勤務し、昭和五七年ころから同六一年七月まで渋谷支店に、同月から平成元年一月まで大阪支店に勤めており、右大阪支店勤務中は兵庫県西宮市殿山町一番五〇号に住所を有していたものであるが、以前から株式の売買を行っていたところ、渋谷支店勤務時代に面識に持った仕手筋の人物から偶々情報を得たことを切っ掛けに、昭和六一年ころからは大量の株式の取引を行うようになり、以後営利を目的に継続的に株式の売買をしていたが、株式売却による所得がありながら自己に対する所得税を免れるため、あらかじめ、株式売買を家族名義で行って株式売却益の所得を秘匿などすると共に、所得税の申告に当たってはそれら所得を一切隠して申告しないことを意図した上、

第一  昭和六二年分の実際総所得金額が四億一九二九万五二〇九円(別紙1の修正損益計算書参照)であったのにもかかわらず、昭和六三年三月一〇日、兵庫県西宮市江上町三番三五号西宮税務署において、同税務署長に対し、同六二年分の総所得金額が九五二万三四九七円でこれに対する所得税額は既に源泉徴収された税額を控除すると一七万七〇〇〇円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書(平成三年押第二七号の8)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、昭和六二年分の正規の所得税額二億四一五一万六一〇〇円と右還付税額との合計二億四一六九万三一〇〇円(別紙2の脱税額計算書参照)を免れ

第二  昭和六三年分の実際総所得金額が一億三三四七万五四一八円(別紙3の修正損益計算書参照)であったのにもかかわらず、平成元年三月一五日、前記西宮税務署において、同税務署長に対し、昭和六三年分の総所得金額が九七五万三二五五円でこれに対する所得税額は既に源泉徴収された税額を控除すると一万九八〇〇円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書(平成三年押第二七号の9)を提出し、そのまま法定納期限を経過させ、もって不正の行為により、昭和六三年分の正規の所得税額六八五三万三六〇〇円と右還付税額との合計六八五五万三四〇〇円(別紙4の脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実について

一  被告人の当公判廷における供述

一  第一回及び第三回公判調書中の被告人の各供述部分

一  被告人の検察官に対する各供述調書(七通)

一  分離前の相被告人小林泰輔の検察官に対する平成二年一一月九日付供述調書

一  神作亨、古屋正孝及び松尾裕子の検察官に対する各供述調書

一  収税官吏作成の有価証券売買益調査書、株式売買回数及び株式売買株数調査書、雑費調査書(いずれも被告人に関するもの)

一  検察事務官作成の捜査報告書(西宮税務署の所在地に関するもの)

一  東京都世田谷区長作成の戸籍謄本(附票写添付・被告人に関するもの)

判示第一の事実について

一  収税官吏作成の支払利息調査書(被告人に関するもの)

一  押収してある昭和六二年分の被告人の所得税確定申告書一袋(平成三年押第二七号の8)

判示第二の事実について

一  押収してある昭和六三年分の被告人の所得税確定申告書一袋(平成三年押第二七号の9)

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも所得税法二三八条一項(罰金の寡額については、刑法六条、一〇条により平成三年法律第三一号(罰金の額等の引上げのための刑法等の一部を改正する法律)による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による。)に該当するところ、いすれも情状により所得税法二三八条二項を適用したうえ懲役刑及び罰金刑を併科し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で、被告人を懲役一年六月及び罰金八五〇〇万円に処することとし、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金四〇万円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する。)被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

(量刑の理由)

本件は、株売買による所得を隠して二か年分の所得税を免れたという事案であるが、被告人が本件二か年で株売却により得た所得は五億三〇〇〇万円余で、その所得を含む総所得に対する税のうち右二か年で免れた額は三億一〇〇〇万円余であって、右の株売却による所得や脱税額は、被告人の当時の銀行員としての給与収入と比べても、例えば脱税額でも右給与収入の二か年分の約一三倍にのぼるなど、それをはるかに上回るものであり、このように脱税額が通常の市民の常識を超えるような大きな額であり、しかも正規の税額に対して免れた税額の割合も一〇〇パーセントを超えており(還付請求をしていたるため)、安易にこうした多額の脱税が行われたことは、厳しく非難されなければならない。そして、脱税の動機に特に酌むべきものはなく、脱税の方法も、株取引を分散して一部を家族名義で行い、株購入資金の借入れや株売却益の管理をその家族名義で行うなど、自己の株取引が課税要件を満たさないものであるかのように仮装して隠蔽し、株売却所得への課税を免れたもので、当初から計画的に行われており、犯情は悪い。

しかしながら、本件犯行の発端は、当時仕事上交際のあった税理士から、株取引に対する課税を免れるための方法をも教示された上、前記仕手筋の情報を利用して大量に株を購入して大きく儲けることを勧誘されたことにあって、被告人自らの発想により積極的に脱税を企てたものではなく、脱税のための株取引の名義の分散も妻名義を利用したにとどまっていること、脱税につながる大量の株の購入の基となった仕手筋の情報の入手も、自ら画策して積極的に求めたというものではなく、全く偶然に耳に入ったという程度のことに過ぎず、いまだ破廉恥であると非難するには値しないこと、本件犯行が発覚してからは、脱税の事実を全面的に認めて、修正申告をした上、父親の協力を得るなどして努力し、本税、重加算税、延滞税等合計約五億三八〇〇万円を全て納めていること、被告人は大学卒業後銀行員として勤め、これまで順調にそれなりの社会的地位を築いてきたが、本件犯行によりその銀行も退職するの余儀なくされるなど、代償として失ったものも大きいこと、被告人は、自己の考えの甘さを反省するなど、その改悛の情は顕著であり、さらに、友人の会社への再就職も予定され、妻も父親も被告人の再出発を支援して行きたい旨述べており、再犯のおそれはまずないと考えられることなど、被告人にとって酌むべき事情が認められる。

以上の各事情及びその他諸般の情状を考慮し、主文のとおり量刑した

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松浦繁 裁判官 西田眞基 裁判官 渡邉英敬)

別紙1 修正損益計算書

<省略>

別紙2 脱税額計算書

<省略>

別紙3 修正損益計算書

<省略>

別紙4 脱税額計算書

<省略>

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